ミルク、チョコへ
私達は、半年の間に、ミルクとチョコというかけがえのない大切な家族を失いました。
ミルクが我が家にやって来たのは8年前。そして、その次の年にはミルクが命がけで生んでくれたチョコが家族の一員になりました。
ミルクとチョコに囲まれた生活は私達家族にとってとても楽しいものでした。
ミルク
よくおもちゃで遊んだね。遊んでほしい時は、必ずおねだりのワン!!ちょっとおデブな体で一生懸命ボールを追いかける姿は本当に微笑ましかったよ。食べる事が大好きでよくおやつや甘いお菓子をほしがってはみんなを困らせたね。だめとわかっていてもミルクの黒い丸い目で見つめられると、あげずにはいられなかった。
チョコ
他の人にはなかなか慣れなくて、私達家族にべったりだったね。よく抱っこしてって言ったり、歩くたびに私達の後ばかりついて来たり、本当に甘えん坊だったね。散歩が大好きで「さんぽ」って言うたびに目をきらきらさせて、本当にうれしそうだった。
家族になってから、どこへ行くにも何をするにもずっと一緒だったね。春にはキャンプ、夏には家族みんなでバーベキュー、秋には上高地へ旅行にも行ったね。
でも別れの時はやっぱりやってくるんですね。今年の1月10日向かった先の病院で私と娘が見たものは、みどり色の手術台に横たわるミルクでした。元気な姿で帰ってくるはずのミルクが何故?…
最後の時をたった一人で家族のだれにも看取られず逝ってしまったミルク。さぞ無念だったと思います。 一緒にいてあげられなくて本当にごめんね。 小さな箱に入れられて、家に連れて帰る時の悲しみはいまだ、忘れることはできません。
チョコも又、ミルクのお葬式の次の日、病院の先生から重い病である事を告げられ、それでも6ヶ月間なんとか頑張って生きてくれました。闘病生活の中で一日一日朝、目がさめてくれるだけでうれしかった。生きていてくれることに日々、感謝でした。
「チョコ、どんな風に辛いの?みんなでチョコの苦しみを少しずつ、わけられるとどんなに楽になれるだろうね。」いつもそう話してました。
容態が悪化していく中で私達家族にも、「あきらめ」と「覚悟」が心をかすめる様になりました。
7月29日、最後の日、病院の先生や家族に看取られて、まるでミルクの後を追う様に静かに旅立ちました。「もう、がんばらなくてもいいからね。ゆっくりお休み。本当にありがとう。」最後にかけてやれた言葉です。
あまりにも早いミルクとチョコの死でした。 ミルクとチョコのいた場所だけぽっかりと穴があいて、ふれる事も、泣き声を聞く事ももうできないんですね。庭先に咲いたあじさいを見て「来年も又、見ようね」って言ったのに、その約束も果たせぬまま逝ってしまいました。
四十九日の法要も済ませ小さな祭壇に手を合わせ、お線香に火を灯しては、涙ぐみ、愛用の毛布に残る長い毛を見つけては涙ぐみ、ミルクとチョコの存在がこんなにも大きかった事に改めて気付きました。
生まれてきてくれて、私達のところにやって来てくれて、たくさんの笑顔と幸せをありがとう。
いまだ涙の枯れる日は一日もありませんが、いつか笑って想い出話ができる日がくる事を信じています。ミルクとチョコと過ごした日々は、お父さんや、お母さん、お姉ちゃん達にとって大きな大きな財産になりました。 『心からありがとう。本当にありがとう。いつまでも大好きだよ。いつまでも私達の家族だよ。また、いつか会おうネ』 。
越前市 中橋家